カテゴリー「被災地レポート」の記事

2011年12月13日 (火)

被災地レポート vol.18 本当は怒ってます

福島県にある実家の庭のイルミネーション。shine

Mai_004

冬限定の名物です(笑)。今年は例年より気合入っているような・・・?

気持ち明るくなりますね。

そうは言っても・・・

妊婦の私が、この福島へ来ることに正直悩みました。

家族と相談していろいろ考えました。

放射能の空間線量は減ってきてはいるものの、私の家の庭で0.7マイクロシーベルト/h、家の中でさえ0.2~0.5マイクロシーベルト/hあります。

どんなに個人で除染活動をしても、今のところこれが限界値。

ただ、ここで放射能について学びながら復興のために一生懸命毎日の生活をしている人々を知るからこそ、正しい知識をもって来る意味があると思いました。

ここにしかないものもたくさんあるからです。

家族や友人や学生時代の思い出や、みんながほっとする実家にしかない空気ですね。

それを想えば私もここへ来る意味があるし、福島に滞在することのリスクと来る事の意味の大きさを天秤にかけて、ここへ来る事を決めました。

ほんの少しの滞在ですから、食べるものを気をつけて家の中で生活している分には、お腹の子供への弊害は避けられると判断しました。

残念ですが、地元のものは一切口にしていません。

地元では、どこのどの野菜にどの程度の放射能が出た、という情報が飛び交っています。

関東圏にいるよりも、放射能に対する人々の意識は当たり前ですが、とても高いです。

テレビでも絶えずテロップで各市町村の放射線量が流れています。

原発に程近い地域はもう帰る事ができない人もたくさんいるのです。

本当に線量の高いところは、とても苦しい決断ですが住むことをあきらめてもらうしかないのかもしれません。

でも、何十万人もが生活している福島市や郡山市など大きい都市は、避難しろという指示は絶対にでないことがわかっていますから、生活を守るためにすぐにでも除線が必要なのです。

お願いですから早くして・・・!!

みんな心の中は怒っています。

消費税をどうのこうのの話ばかりがニュースで流れますが、今生活が普通にできない人への救済はまだまだ何も終わっていません。

この地の復興への動きは始まったばかりという印象で、半壊と判定された私の実家の工事もまだ終わりません。

家を失った方々を思えば、我が家だって不幸中の幸いですが。

郡山市の市役所、文化センターは崩れたままで、いまだに利用できません。

市の職員などはプレハブの建物などで夜中までお仕事されています。

この福島に住んでいた3年間、通い続けた母校の高校も校舎や体育館が地震で使えなくなり、校庭にたくさんのプレハブ校舎が建てられています。

体育館も校庭も使えない高校でみんな今頃受験勉強ですね。

大変だろうに。

町のあちこちで崩壊した建物が撤去され、空き地ができています。

営業が出来なくてつぶれてしまったお店もたくさんあります。

ベビー用品のお店とか、デパートのマタニティコーナーとか、なくなってしまって・・・。

とても寂しいです。

この町には出産したばかりの友人が何人もいます。

これから妊婦になる友達もたくさんいます。

そんな彼女たちと昔と変わらないおしゃべりをしながら、放射能に気をつけてとしか言えないのがふがいないです。

見た目に分からないのが放射能の恐ろしさ。

意識の高さは人それぞれですが、皆がそれを意識しながら生活せざるを得ないのが実情で、このストレスたるや本当に苦しいものです。

心への負担は本当に補償してもらえるのでしょうか。

先日久しぶりに東京に遊びに来た福島在住の母が言いました。

「東京の空気を吸ってほっとすると思ったのは初めてだわ。」

放射能を気にしないで思いっきり深呼吸が出来る日が早く来ますように。

2011年12月 1日 (木)

被災地レポート vol.17 ふくしまの後遺症

被災地福島県に暮らす人々の今。

私の家族も友人も懸命に日常を取り戻そうと、生活をしています。

除線活動を自らの手で行なうしかなく・・・。think

「半壊」と判定された私の実家もようやく工事が入りました。

お隣の家は取り壊され、その音が悲しくて・・・と母がもらしていました。お隣さん↓weep

Blog

子供達の通学路もこれから除線活動です。

学校は文部科学省管轄の下、除線は済んでいますが、これからは国土交通省の下、道路の全除線作業になります。

まだ!?これから!?って思ってしまいました。

離れていると、瓦礫をもう見ることがなくなると、忘れてしまいがちですが、今も被災地に暮らす人の心のストレスによる後遺症は私たちの想像以上に大きなものがあるのだろうと思います。

見えない後遺症はとても怖いです。

毎日を生きなければいけないわけですから

いつまでも泣いていてはいけないと、本当に不安や恐怖や憤りや孤独感などと戦いながら、頑張っています。

clover clover clover clover clover clover clover

ところで、

福島県に暮らす人の後遺症のひとつにこんな事がありました。

「大地讃頌」が歌えない・・・。note

この歌をご存知ですか?

あまりにも有名な中高卒業式の定番合唱曲。

大地讃頌とは実は7楽章から成る組曲だったのです!

そして、母なる~大地の~の歌は最終楽章のフィナーレなんですって。

「土の歌」というタイトルがついています。

いつもピアノ担当だった私は、あの伴奏は難しかったな、という印象くらいしかないのですが・・・。

この組曲、すごく意味が深い歌だったんですよ。

WEBからの抜粋ですが、7楽章まで以下のような歌が続きます。

第一楽章「農夫と土」・・・人と土と関わり、人が土を耕す様子や、営み

第二章「祖国の土」・・・人は土に生まれ、土にかえって行くという意味から祖国への想い

第三楽章「死の灰」~第五楽章「天地の怒り」・・・戦争の悲惨さ、荒廃、原爆、まるで天や地が怒っているかのような災害、人の無力さと悲惨さ

第三楽章には、こんな歌詞も出てきます。↓

文明の不安よ 科学の恥辱よ 人知の愚かさよ

第六楽章「地上の祈り」・・・荒れた大地を諌めるような、鎮めるような祈り

そして、第七楽章「大地讃頌」で、大地への畏敬の念と感謝と、様々な思いを経ての大地への祈り、礼賛、と繋がっていきます。

初めて全曲を聴いて、私は涙が出てきてしまいました。

歌、youtube で聴けます。

被災地では文化・芸能を楽しめる機会が減りました。文化センターも壊れたままで音楽・芸能を鑑賞できる場自体が復旧していないからです。

そんな中、私の母が所属する合唱団がこの大地讃頌を歌うことになったそうで。

歌を歌うとき指揮者は、心を込めてといいますね。

心を込めると皆この歌が歌えなくなってしまう現象がおきているそうです。

のどが詰まってしまって歌にならない。

あまりにも心に響きすぎます。

2011年9月 9日 (金)

被災地レポート vol.16 セラピーの様子

避難所でのセラピーの様子はこんな感じです。

医務室となったお部屋の一角。物置の一角といったほうが正しいかな。

P1020843

福島の海沿いの町村から避難され役場で働く皆さんは、今ではフェイシャルリフレクソロジーを受けるのを楽しみにしてくださっています。

出張マークスボディデザイン、カイロプラクティックの施術もします。

P1020844

実は、避難所が閉鎖になることが決まりましたが、これからが新しい生活をどうするか、の本番です。

故郷の村に帰りたい人、

新しい土地で暮らすと決めた人、

まだどうしていいのかわからずに悩んでいる人・・・。

それぞれの家族ごとに、個人ごとに事情が違いますから悩んでぶつかって当然ですね。

福島では今、家庭崩壊の危機が深刻です。weep

この先どこでどうやって暮らしていけばいいの・・・?

正しい答えがないのですから、同じ家族であったとしても意見が食い違うことだってあるのでしょう。

郡山市でも放射能のレベルは、いまだに安心できる数値とは言えません。

安全と安心は違うものだな、とつくづく感じました。

避難所内の線量を示した掲示です↓

P1020828

↓私が首から下げているのは、積算線量をはかる器械です。

一日身につけて、その日どれだけの放射能を浴びたのかをみることができるものです。

Photo

この日、そんなに外に出ていませんが、朝から夜まで一日浴びた放射線量を測ったら、5マイクロシーベルトになりました。

このまま、何年も浴び続けることなんて考えたくありません。

これからどんな被害が現れてくるのでしょう・・・。

政府が発表している暫定基準値もだれも安心・安全の数値とは思っていないようです。

自らが何かしなくては、自らの身を守れない時代になったのでしょうか。

安心の暮らしはいつ戻ってくるのでしょうか。

せめて

こんな環境の中で生活を強いられ、頑張っている人々がいることを忘れずに生活していきたいものです。clover

P1020798

こんなにキレイな景色のある場所なのに、残念ですね。sign04

2011年9月 7日 (水)

被災地レポート vol.15 避難所の閉鎖・義援金

ご無沙汰してしまいました!bearing

暑い夏がすぎていきましたね。今年は災害続きの年でしょうか・・・。

先日はまた福島県の避難所へ行ってきました。

今尚見えない放射能という敵と戦うため、福島ではさまざまな知恵を使い人々は慎重に生活しています。

これまで、何度も伺っていた郡山市の大型避難所はこの8月をもって閉鎖されました。

住民の皆さんは、仮設住宅に移ったり、まだ仮設に入れない方は市で用意した宿泊施設に移ったりしています。

がらんとした避難所。

P1020836

たくさんの人であふれていた以前とはだいぶ様子が違います。

P1020827

医務室と災害対策本部のみが残されています。

P1020825_2

この原発からほど近い川内村では、住民の皆さんの避難解除がされる地域があります。

30キロ圏内にある家でも、放射線量を測定した結果、帰宅が認められる区域があるというのです。

そのため、役場ではこれからがまたまた正念場。

どの家は帰れて、どの家は避難対象なのか・・・。個々の考え方と個々の不安と、全てを拾って対応していかなければならないという過酷な環境の中で、役場関係者の皆さんは毎日お仕事に追われています。

そのトップ、遠藤村長さんにお会いし、義援金をお渡ししました。

P1020819

このお金の多くは、ニューヨークのフェイシャルリフレクソロジストの方が集めてくださったものです。(領収証では私の名前ですみません。)

遠く離れた地でも、こんなにたくさんの支援をいただけて、そして私達に託してくださいました。

このように想ってくださる人の存在があることが、どれほど心の支えになることか。

P1020853

遠藤村長は、今では私達のセラピーを楽しみにしてくださっていて、これまでにお渡ししたアロマスプレーも

「保健士さんたちと大事に使っていますよ」heart04

と机の上に並べているのを見せてくださいました。

P1020821

アロマスプレーを提供してくださったアロマセラピストの皆様、

本当にありがとうございました。

皆様のお気持ち、温かい心、確かに被災地に伝わっています。

2011年7月21日 (木)

被災地レポート vol.14 放射能の現実

食に対する不安が募る毎日ですね・・・。sign04

何を食べるのが安全なのか、を個々人が判断して選ばなければならない時代になりました。

これまでスーパーに売っているものは全て安全と信じて疑うことがなかったのですが。gawk

ところで、

最近都心部のスーパーではほとんど福島県産の食材を見かけないですね。

売れないのでしょうね。

でも、福島へ行ってみるとかえって福島県外の野菜などをなかなか買うことができないようです。

福島のものは福島で消費しなければどこにも行く場所がないのかな。

県外のものはどうして福島にあまり入らないのかな。

食や生活に不安を抱き、我慢の限界に達した人はとっくに福島を出て生活拠点を変えていたりします。

しかし、さまざまな事情とともに、そうはいかない人も何十万人といます。

忘れてはならないのが、

福島県の農家も必死の対策を講じて、安全な野菜を提供しようと努力しているということ。rock

野菜を収穫したら、一つ一つ線量を測定して出荷している農家もあるのです。sweat01すごい手間。

そういう高い意識のある業者の努力はかっていきたいですよね。think

国の対策は後手後手で、待っていても遅いですから。

今、福島では放射線量を測り、どこが安全でどこが危険かを地域の人々が協力して測定するようになっています。

行政に頼っていても信頼できる情報は入ってこないことがわかっているからです。

福島県郡山市では、放射線量が毎時20マイクロシーベルトを超えるホットスポットが見つかっています。新聞には載っていないし、テレビのニュースでも聞けませんが、住民が自ら地域を測定して、わかってきたことがたくさんあるのです。

これは、非常に高い放射線量です。絶対近づかないほうがよいです。

また、自分の家の周りを除線する作業を個々が行なうのが当たり前になってきたようです。

除線作業として、

sun庭の草を抜き、家庭菜園はあきらめる。

sunひまわりを植える。→ひまわりは、地中の放射線を吸い上げる力が強く、種に放射線がたまるのだそう。

sun外壁の放射線を落とすために水で洗う。

私の実家も、高圧洗浄機をジャパネットたかたで購入していましたっけ。sweat02

こんな風に気をつけないと安全に暮らすことさえできないなんて、だれが想像したでしょう・・・。down

2011年7月20日 (水)

被災地レポート vol.14 支援物資アロマスプレー

今もたくさんの方が避難所で生活をされています。

その避難所に、セラピストとして施術をするために行くだけでなく、普段の生活の中ですこしでも役立つ支援物資の提供、というのを継続しています。

震災直後、避難所における衛生面での管理がなかなか行き届かない現状を目にして、アロマセラピストとして、エタノールと精油で作ったアロマスプレーを持参して以来、何度か状況を見ながら提供しています。

4ヶ月が経過して、避難所の環境も変わりつつあるとはいうものの、

避難生活の中で”いい香り”shineと感じることがない・・・。と教えてくださいました。

スプレーを手にした方は香りの効果に大変喜んでくださいました。happy01

Photo

↑福島県第一原発20キロ圏内に位置する川内村の役場は、郡山市の避難所にすべての機能を移して移動しました。

その川内村役場保健福祉課長さんです。confident

避難所で生活されている方々の健康管理なども任され、毎日大忙しの現場です。

避難所の役場の課長さんはじめ、看護士さん・介護士さんたちが私共の活動に理解があり、住民の皆さんのケアをする際に利用してくださったり、香りの消臭効果と抗菌効果で、虫除けや消毒や、ルームスプレーとして様々活用してくださっているようです。

日本全国から、この活動に賛同してくださる人が、アロマスプレーを送ってくださいました。

Suplay_001

Suplay_002

ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。heart01

被災地からも、「ありがとうございます。sun」とのことでした。

メッセージつきの温かい気持ちのこもったアロマスプレーは、郡山市のビッグパレットふくしまにお届けしています。

こんな風に人の気持ちがつながると、ただ単純にとても嬉しいものですね。heart04

被災地の今は、決して楽になっていません。

放射線との戦いは、まだまだ終息の目処が立っていません。

過酷な環境の中でも、それでも毎日を少しでも改善できるよう、遠くからでも応援できることは何かしらあるでしょう。

現状を忘れないためにも・・・レポート続けたいと思います。punch

2011年7月18日 (月)

被災地レポート vol.13 マスクとエアコン

久しくブログ更新できていなくて、申し訳ありませんでした。despair

今なお続く被災地の苦悩と原発事故のその後の影響を少しずつでもお伝えしたいと思います。

なかなかニュースを見ているだけでは伝わらない、福島県民の声が私のところには届いています。

福島の家族・友人の毎日は、放射線と隣り合わせで、家は元に戻っても生活は震災以前とは一変しています。

食べるもの、行く場所、毎日の普通の生活に必要だった物事が普通には得られなくなってしまいました。

●空気●

マスクは・・・・

放射線を通してしまうことがわかりました。

つまりマスクをしていても空気中に浮遊している放射線をシャットアウトすることはできない、ということ。

土に落ち、砂埃と一緒に舞っている放射線は、取り込まないようにできるとのことですので、まったく意味がないとは言いませんが、ほとんど意味がなかったという話です。

今では都心でもマスクをしている人は見かけませんが、

福島でももう皆マスクはしていません。

暑いし、子供達にとっても大変過酷なことですしね。

しかし、以前はマスクをすれば内部に取り込むことはないと信じてみんなマスクをしていたのに。

●エアコン●

エアコンの排気口から外気を取り込んでしまうから、夏でも放射線量が高い地域ではエアコンの使用はできないという話がありましたが、

これも事実ではないようです。

様々検証の結果、外気を中に取り込むわけではないそうなので、この夏放射線のためにエアコンが使えないということはないようで、一安心。

diamond diamond diamond

先日、福島に住むの友人達が横浜の私のところへ遊びに来ました。

一人は7ヶ月の妊婦さん。chick

これまでどこへも出かけることもできず、家の中でジッとしていたといいます。

妊婦であれば、余計に心配になることも多いでしょう。

福島の家では、近所でも外に長くいることは避けなければなりません。

意を決して(?)横浜までの旅行を決めてやってきました。happy01

友人達ととっても楽しい時間を過ごすことができましたが、彼女達が言っていた言葉が切実でした。

電車からみえるマンションのベランダをみて、

「いいなぁ。お布団干してる・・・。」

福島では、今も外に洗濯物、お布団を干すことができないのです。

2011年5月12日 (木)

被災地レポート vol.11 ファンタジーワールド

福島県の避難所です。

この日は何やら特設会場らしきものが作られ・・・ちょっと緊迫したスタッフの人たち。

157

避難所内で何件かセラピーをして広場に行ってみたら、

バスが到着し、

登場したのは

なんと・・・!

Fukushima12

被災地で会えるなんて思いませんでした!

びっくり。

145

さすがにこんなに近くで見たことなかったです。

ミッキー!note

Fukushima10

ミッキーとその仲間達は、避難所にいる皆を元気付けてくれました。

136

女性自衛隊員の皆さんとミッキー(の後姿)↑

031 124

ミニーもさすがのキメポーズ!

大人もどころか、おばあちゃんまではしゃいじゃうからやっぱりディズニーマジック、すごいですよね。

私も・・・(母と)

Fukushima11_2

そして、プルートも!

017_2

私の大好きなグーフィーも!!

109

いつも忙しいとは思いますが、ミッキーたちはこの日ゆっくり避難所の皆さんと写真をとったり踊ったり、していました。

たーっぷりファンサービスしてくれましたよ。

ついでに楽しませてもらって

ありがとう!

2011年5月11日 (水)

被災地レポート vol.10 避難所の変化

GWの後半は、また福島へ行ってきました。

セラピストとして、カイロプラクターとして、一人の人間としてできることはやりましょう。

そして、郡山市の避難所へ。

088

何度かここへはお邪魔しています。

川内村・富岡町という原発の被害を最も受けた地域の人々がここに避難しており、村役場ごと移転しています。

自治体関係職員は自身が被災者でありながら、住民の皆さんを守り、毎日を必死に生きています。

刻一刻と事態は変化しており、

今なお1000人を超える避難者がいるこの場所では、どんどん状況が変わっています。

以前訪れたときよりもだいぶ人は減っていました。

052

病気の人は病院へ、介護が必要な人は介護施設へ徐々に移ることができたのでしょう。

仮設住宅は全く間に合っていません。

施設内に簡易的な仕切りを作ってなんとかプライベートを確保しようという努力が見られました。↓

071

まだまだそこで生活を強いられている人々の環境は、良いとはいえませんでした。

県や自治体がホテルを借りて、そこに職員が入ったり市内にアパートを借りたりできたことで、避難所を出ることができた人もいます。

でもお金がなかったり、一人身だったり、それぞれ難しい事情を抱えた人がたくさんいらっしゃいます。

食事は、菓子パンとおにぎり。パックの野菜ジュースは付くことがあるけれど、生の野菜などは食べられることがほとんどありません。

食事が改善できれば・・・。

避難所に避難している人のうちの4割が高齢者だといいます。

特におじいちゃん、おばあちゃんは食べ慣れない菓子パンで満足できるわけではなかったり。

高齢者の中には自宅でなんとか自立した暮らしをしていた方も多かったのに、2ヶ月も続くこの避難所生活で、認知症が進んでしまい、以前のようにもう自立した生活は難しいのでは、と思われる人も少なくないのです。

128

以前訪れたときよりもダンボール壁が華やかになっていました。

022_2

掲示板に、行方不明者の名前リストだけではなく、手作り新聞や全国からの励ましのポスターが多く貼られるようになりました。

094_2

以前よりもボランティアに関連した活動のチラシが増えていました。

10日、川内村が一時帰宅を許された日です。

着の身着のまま、咄嗟にバスに詰め込まれ避難してから2ヶ月、一度も自宅に戻っていない人々にとって待ち望んだ日です。

川内村の村長さんは、フェイシャルリフレクソロジーを大変気に入ってくださり、私が行くときには必ず施術をする、と約束しました。

153

↑川内村・遠藤村長さん。住民の皆さんが本当に信頼している方です。

避難所のあちこちで皆さんのお話を丁寧に聞いている姿がとても印象的でした。

私たちマークスボディデザインは、現地では自治体職員専属のセラピストとして、活動するようになってきました。

住民の皆さんが受けられるように、リラクゼーションスペースは確保されておりましたが、職員さんたちが休める場所はほとんどないことがわかったのです。

どれだけ苦労があるのか、お話を聞いて状況をみたら、とても胸が苦しくなりますが、セラピーを受けて本当に気持ちが楽になったという言葉を聞けて、こちらも大変温かくなりました。

つづく。

2011年5月 5日 (木)

被災地レポート vol.9 子ども達の現実

被災地福島県の放射能汚染が心配される地域では、子ども達が外で思いっきり遊べない環境になっています。

避難所にもたくさんの子ども達がいます。

外で遊べないことのストレスといったらどれほどのものでしょう・・・。

郡山市内でも、ある小学校では敷地内から放射能が検出されたために校庭の砂を1cm削る処置を行なったそうです。

しかし、1cm削ったところで・・・という問題と、その放射能を含んだ砂をどこへもって行くべきか・・・という問題が勃発しています。

確かに。

結局のところ校庭の真ん中にビニールシートをかぶせておいているのだとか。

何てことでしょう。

高校生までは、校外活動が全て禁止とされています。

遠足も、運動会も、修学旅行もなし。

楽しみや、外での娯楽、こういったものが子ども達からも奪われている現実があるのです。

私は、以前から郡山市で自閉症のお子さんへのトリートメントを続けてきました。

自宅へ伺っての訪問セラピーで、フェイシャルリフレクソロジーを行い、素晴らしい効果を見せてくれていました。

施術はもう定期的に行なっていないものの、彼らは私のことを今でも家庭内でお話してくれたりするそうで、私が彼らのお家へ遊びに行くことを楽しみにしてくれています。

歓迎してくれる友人がいること、嬉しいですね。

久しぶりに会いに行きました。

私が到着するまで、玄関の外でずっと待っていてくれたY君とAちゃん。最高の笑顔で私を出迎えてくれました。

193  171

Y君は、私の大切な自閉症のクライアントです。

こんなにしっかりカメラ目線でhappy01、立派な中学生になりました。

Aちゃんは何やら、「ちょっと待っててね!!wink」とその場でお手紙を書いてくれました。

3年生になる女の子にこんなにステキな言葉を贈ってもらえるなんて、幸せです。heart04

015

被災地となってしまった福島県。

今日も子ども達は通学しています。

なぜ、マスクをしなければいけないのか。なぜ、校庭で遊んではいけないのか。

小学生に理解しろというのも、酷な話です。

避難所にいる子ども達のために、私の古いランドセルを寄付しました。

通学に使うランドセルさえないのです。

ランドセル、また使ってもらえるなんて本望でしょう・・・何十年前のものだろう。

汚くて、ごめんなさい。despair

今、報道でもあるとおり、子ども達の心のケアが深刻な課題になっていることは間違いないでしょう。

未来がある子ども達のために、今何が必要なのかを真剣に考えるべき時だと思いました。

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ