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2011年5月11日 (水)

被災地レポート vol.10 避難所の変化

GWの後半は、また福島へ行ってきました。

セラピストとして、カイロプラクターとして、一人の人間としてできることはやりましょう。

そして、郡山市の避難所へ。

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何度かここへはお邪魔しています。

川内村・富岡町という原発の被害を最も受けた地域の人々がここに避難しており、村役場ごと移転しています。

自治体関係職員は自身が被災者でありながら、住民の皆さんを守り、毎日を必死に生きています。

刻一刻と事態は変化しており、

今なお1000人を超える避難者がいるこの場所では、どんどん状況が変わっています。

以前訪れたときよりもだいぶ人は減っていました。

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病気の人は病院へ、介護が必要な人は介護施設へ徐々に移ることができたのでしょう。

仮設住宅は全く間に合っていません。

施設内に簡易的な仕切りを作ってなんとかプライベートを確保しようという努力が見られました。↓

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まだまだそこで生活を強いられている人々の環境は、良いとはいえませんでした。

県や自治体がホテルを借りて、そこに職員が入ったり市内にアパートを借りたりできたことで、避難所を出ることができた人もいます。

でもお金がなかったり、一人身だったり、それぞれ難しい事情を抱えた人がたくさんいらっしゃいます。

食事は、菓子パンとおにぎり。パックの野菜ジュースは付くことがあるけれど、生の野菜などは食べられることがほとんどありません。

食事が改善できれば・・・。

避難所に避難している人のうちの4割が高齢者だといいます。

特におじいちゃん、おばあちゃんは食べ慣れない菓子パンで満足できるわけではなかったり。

高齢者の中には自宅でなんとか自立した暮らしをしていた方も多かったのに、2ヶ月も続くこの避難所生活で、認知症が進んでしまい、以前のようにもう自立した生活は難しいのでは、と思われる人も少なくないのです。

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以前訪れたときよりもダンボール壁が華やかになっていました。

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掲示板に、行方不明者の名前リストだけではなく、手作り新聞や全国からの励ましのポスターが多く貼られるようになりました。

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以前よりもボランティアに関連した活動のチラシが増えていました。

10日、川内村が一時帰宅を許された日です。

着の身着のまま、咄嗟にバスに詰め込まれ避難してから2ヶ月、一度も自宅に戻っていない人々にとって待ち望んだ日です。

川内村の村長さんは、フェイシャルリフレクソロジーを大変気に入ってくださり、私が行くときには必ず施術をする、と約束しました。

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↑川内村・遠藤村長さん。住民の皆さんが本当に信頼している方です。

避難所のあちこちで皆さんのお話を丁寧に聞いている姿がとても印象的でした。

私たちマークスボディデザインは、現地では自治体職員専属のセラピストとして、活動するようになってきました。

住民の皆さんが受けられるように、リラクゼーションスペースは確保されておりましたが、職員さんたちが休める場所はほとんどないことがわかったのです。

どれだけ苦労があるのか、お話を聞いて状況をみたら、とても胸が苦しくなりますが、セラピーを受けて本当に気持ちが楽になったという言葉を聞けて、こちらも大変温かくなりました。

つづく。

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