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2011年3月25日 (金)

被災地レポート vol.2

福島県にいる家族や友人から届く現地レポートも交えて書いてみようかな、と思います。

世の中まだまだ原発事故処理のニュースが気になりますが、だんだん毎日の生活レベルでの話しに関心が移ってきました。

ガソリンは新潟から入るようになってきたそうですが、皆情報交換しながら、あちこち探しています。

郡山では水道水が使えるようになり、池や川に水汲みに行く必要がなくなりcoldsweats01

ほっとしたと思ったら、放射物質が入っているのか・・・と悲しくなりながらも、

福島の人は「それでも都会の水よりおいしいわよ!wink」と笑っています。

今日も畑を耕しに出かける人がいるし、自家菜園に種をまく人がいます。

もう春。種まきの時期です。

「自分で食べるのだから、皆様に迷惑かけません。これって違法じゃないよね?(笑)」

と言いながら。confident

野菜も近所の農家が作ってくれているものを「私たちが買わなくて誰が買ってくれるのよ」と言いながら皆で美味しくいただいているそうです。

もちろん投げやりになっているのではなく、情報収集などは怠っていません。

冷静に正しい判断と行動をしようとしているだけです。

今も心の中にはかなり大きな緊張感が常にあるのです。

皆、いつ避難しろと言われるかもしれない恐怖と戦うために、スーツケースに必要なものは詰め込んで準備だけはしています。

先日放射線科の権威のドクターで、広島の原爆被災者の治療を長年にわたりおこなってきた先生の講演会が郡山でもありました。

たまたまそのドクターは福島で医療活動をされていましたので、今県内で引っ張りだこで放射能の危険と安全基準についてお話されています。

現状、どの程度の危険があるのかを明確に聞くことができたので、それに基づいて行動しているとのこと。

都会の混乱と原発被災地の冷静さ。

なんだか不思議な感じがします。

だんだん分かるようになってきたこともあり、

福島県内どんなふうに放射線が飛んだのか、を計測予測できているみたいです。

どうして郡山市より福島市の方が放射能レベルが高くなったのか、のなぞも分かってきました。

3号機が爆発した15日に、風向きが変わったことが原因で、南風が吹いたのだそうです。

あ~ぁ、あの日、みんなでいわきの海に向かってうちわであおいでいれば良かったね。sad

 

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