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2011年3月25日 (金)

被災地レポート vol.1

被災地といってももう、東日本全部が被災地のような状況ですが、私は実家のある福島県郡山市周辺の出来事を少しお伝えしたいと思います。

自分の目で見て聞いてきた経験は、ちょっと貴重かな、と思います。

ほんの一部でしかありませんが、離れていると見えないことが余計に不安になったりするものですね。

だから、被災地の現場リポートを知る範囲で少しでもお知らせしたいなと思います。

福島第一原発事故の影響で、20Km圏内で避難勧告を受けた人々が郡山市にはたくさん非難されています。

小さな小さな公民館ももう避難所としてたくさんの人を受け入れています。

郡山市だって、外の人が聞いたら安全だとはいえないのだから、そんなところに行かない方が良いといわれますが、そこには普通に生活があります。

たくさんの人が今日も暮らしています。

さて、避難勧告を受けて海沿いの町から避難されてきた人々の中には、自分の足で移動することができない特養ホームから移転されてきたご高齢の人たちも含まれます。

特養ホームや老人ホームに滞在されている方々は生活のお世話をしてくださる人が必要なわけで、県内他、同じような設備の受け入れてくれる施設を探し回っています。

私が縁のある郡山市の特養ホームも、避難者の生活を何とか支援しようと努力され、十数名の受け入れを決めました。

福島県郡山市は被災地ですが、避難民の受け入れのために地元の人々はボランティアなどに忙しいです。

きっと日本中そのような地がたくさんあるのでしょう。

原発地域からの避難バスには、お年寄りと一緒に職員も2名避難して乗ってきたそうなのですが、

なんと、利用するおじいちゃんおばあちゃんたちは、カルテさえも持っていないのです。

とにかくすぐに避難して!とバスに乗せられ、自分達のカルテはないとのこと。

その方々についてわかることは、本人申告の「名前と年齢のみ」です。

なんてことでしょう。

既往歴や服用していたお薬の情報なども全くない。

どんな病気を持っているのか、全くわからない。

住所や年齢でさえ、認知症のある方のおっしゃることだとしたら正確かどうかもわからない。

はっきり言ってどなたなのかがよくわからない・・・。

そんな人々を受け入れ、介護しているのです。

一緒にきていた職員さんたちも利用者さんを非難させなければならずバスに乗り込んできたわけです。

その後受け入れ先を探して7箇所以上の施設を回っているとのことでした。

彼らは自分の家がどうなっているのか、被災したあと見れていないそう。

家族の行方がわからず、家が流されているかもしれないのに、原発のおかげで立ち入ることができませんから、帰る事ができません。

悲惨です。

これが現実なのですね。

一部の状況しかお伝えすることはできませんが、みんな口を揃えて言います。

「自分より大変な思いをしている人がたっくさんいる。」

毎日ごはんが食べられて、水が飲めることの幸せ。

考えてみればそんな当たり前のことが当たり前じゃない国も世の中たくさんありますよね。

hospital郡山市の大きな避難所には2500名が暮らしています。

要介護者も多く、オムツ交換と清拭をしてくれるスタッフがとにかく足りないのだそうです。

やはり有資格者ではないとお手伝いできないのだろうか・・・?

問い合わせ中です。

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